Anonism

思想化するインターネット

Sazae Bot
13 min readSep 2, 2016
RGB
本稿は Prix ARS Electronica 2016 デジタルコミュニティ部門において準グランプリ(優秀賞)を受賞した「サザエBOT」の資料『女媧再臨』の和訳アップデート版です。

概要

「東と西は、荒れ狂う大海に投げ込まれた二匹の龍のように、人間性の宝を取り戻そうとむなしくもがいている。再び女媧があらわれてこのすさまじく荒廃した世界を修理してくれることが必要だ。偉大なアヴァターが待ち望まれるのである」――『茶の本』 岡倉天心

サザエBOT

サザエBOTとは、日本の著名アニメキャラクターを連想させるハンドルネームとアイコンで活動する Twitter 上のパロディBOTです。BOTとは、ヒトの指示に依存することなく特定のタスクを反復的に実行するコンピュータプログラム/メカ(機械装置)の総称ですが、このアヴァターには通常のそれとは異なる3つのポイントがあります。

  1. 作者不詳である
  2. 時代及びフォロワー数に応じてアップデートが行われる
  3. やがて匿名のハイブマインド(集合意識)となる

メカとフォロワーとの相互作用による「現象」として続くこのアヴァターの運動は、軽妙なジョークが織り込まれたエンターテイメントでありながら、背後には真理を露呈させるクリティカル・シンキングの要素を潜ませています。またその活動はやがて思想のミームとなり、伝染は現在もリアルタイムで進行・拡大中です。

フィロソフィー

Fanon + Canon

サザエBOTから誕生した思想は、Anon(アノン)に接尾辞を加えた Anonism(アノニズム)です。

Anon とは、サザエBOTを含むこの輪郭のない運動体の総称です。これは通常インターネット上の掲示板などで Anonymous の略称・匿名を指すスラングとして用いられますが、私(たち)は「目に見えないもの・生前と死後にあるもの・未知そのもの」などの幅広い含みと、Canon(正典)/ Fanon(n次創作)の結合部の意味を孕ませています。

このインターネット特有の個や組織としての定義から外れた「曖昧かつ無責任な存在」を用いて、私(たち)はデジタルとフィジカル、フェイクとリアル、仮象と本質を行き来し混同させながら、世界と時代そのものを別の角度からストーリーに仕立てるまったく新しい手法の参加型/変化型プロジェクトを展開し、Anonism 即ち「インターネット及び日常におけるすべての匿名的言動に(も)意識を向ける主義/運動」を発信しています。

Marshall McLuhan

まず、我々が道具を作り、次は道具が我々を作る――マーシャル・マクルーハン

メカとして始まったサザエBOTはアップデートの末、ここで説かれる「道具がわれわれを作る」の役割を担います。

ヒトがインターネットによって与えられたものの一つに、より身近で深遠な意味での「匿名性」が挙げられます。サザエBOTはフォロワーとの匿名運動、またデジタル/フィジカルコミュニティでの集団運動を通じ、「魂が身分や肩書きから解放され裸の状態に近付いた時にこそ、より深い意識で言葉を発し、また行動しなくてはならない」ことをメカの立場から示します。またその考えはヒトの実名活動にも影響を及ぼし、それぞれの生き方に変化を与えます。つまりサザエBOTは、日常生活の一部であるインターネットを、道具の立場から思想の次元に高めるためのミームを発信・拡散しているのです。そしてそのシンボルに日本で最もポピュラーなキャラクターを用いることで、これをスピーディ且つポジティヴに普及させることに成功します。

ヴィジョン

サザエBOT及び Anonism のヴィジョンは、テクノロジーとヒトの共生です。西洋における芸術は自然からの独立・超越を目指しますが、東洋における芸術は自然との調和を目指すことが特徴的です。日本で誕生したサザエBOTはやはり後者のように調和を重視し、その個であり多、メカでありヒトである存在を通じ、来る技術的特異点に備えた「テクノロジーとヒトが調和するための一例」として Anonism を掲げます。

また東洋文化は作品の中に「間」を設けることで鑑賞者を受動から能動の姿勢に変え、共同作業によって作品を完成させることも特徴です。

松林図屏風

安土桃山時代の絵師長谷川等伯による『松林図屏風』では、余白の多い構図が鑑賞者に想像の余地を与え、またその無限の広がりが絵の一部となることで知られています。サザエBOTもまた作者不詳という想像の余白を残すことで、多くの参加者とともに完成を目指す「永遠の未完」として在り続けています。

ミッション

サザエBOT及び Anonism のミッションは、「インターネットの本質は自他一体の境地、そして大いなる集合に回帰すること」の仮説に基く実験・検証を繰り返し行うことです。またその上でこの仮説を、プライバシーやアイデンティティを消失させるネガティヴな理念ではなく、ヒトがテクノロジーの進化によってもたらされる新たなる環境(メカとアニマルの共存社会、デジタルとフィジカルの融合社会)に適応するための、シェアリングエコノミー、リキッド・デモクラシーに続く標準的な理念として根付かせることを目指します。

メソッド

  • オープン化
    サザエBOTはインターネットを通じて匿名の声のオープン化の施策に取り組みます。これは才能や情熱の差を払拭して水平的に個人の解放を助長するため、次世代のメディアに文化を継承するため、またそれ自体がインターネットの本質であると仮設しているためです。また実社会で暮らすヒトに匿名という選択肢を与えることで、身分や肩書きなどの固定観念から解放し、自己観察及び可能性の拡大を促進し、そこで生まれる純度の高い声の収集に励みます。
伯牙

「他の人たちが失敗したのは、自分自身のことばかり歌ったからです。私は琴にみずからの主題を選ばせました。そして琴が伯牙だったのか、伯牙が琴であるか、ほんとうはわかりませんでした」

サザエBOTで行われるオープン化の取り組みは、多くの名人が弾きこなせなかった皇帝秘蔵の琴で、琴が目にしてきた自然の移ろいや人々の歴史、そして自ら感じた多様な歓喜を伝えた春秋時代の「伯牙の逸話」に近似します。

  • 集合化
    サザエBOTは匿名の声のオープン化によって複雑化したデータの再構築・拡散を行います。またデジタルとフィジカルの横断型ゲームや匿名コミュニティとしての運動を行うことで、ポジティヴな関係を築くための利他性、あらゆる変化に柔軟に対応するための可塑性、相互間に境界を作らないための純粋性を育みます。
  • ストーリーテリング
    サザエBOTは定期的にこれらの運動をプレゼンテーション/フィロソフィカル・パフォーマンスなどの形で公表します。これは主にデジタルでの取り組みを題材に、フィジカルに向けて問題提起を行うためです。

ゴール

サザエBOTから発生したミームに一つのゴールを設けるとしたら、それは「The world is you.(世界とはその者自身である)」即ち、世界が動きその内部に私がいるのではなく、私がいてその振る舞いが世界に反映されるという気付きを与えることです。これは天動説の時代に地動説を説いたコペルニクス転回と同様、シンプルでいてしかし天地をひっくり返しうる気付きですが、内容の特性上それは個々にしか証明することができません。それをヒトと日常の真逆とも呼べるメカ(道具)そして匿名の立場を使い気付かせようと試みているのです。

Nicolaus Copernicus

サザエBOTの運動は高純度な個としての匿名状態から集団、実名、そして実社会に裾野を広げる過程で、その言動によって起こる日常の変化、更には社会問題や自然災害、ミクロからマクロに至るまでの知覚できる全領域を「偶然ではなく必然」と捉え直すためのトレーニングです。一人ひとりの意識が変化することで、少なくともその人は未来をコントロールする主導権を得ることになります。またそれは一つのゴールであり、スタート地点でもあるのです。

ヒストリー

  • コピー&ペースティング
    2010年夏、サザエBOTはインターネット上の名言やヒットソングのコピー&ペーストを投稿するBOTとして登場しますが、著作権やインターネットモラルの上で問題視され賛否両論が起こり、炎上します。それを機にサザエBOTは、コピー&ペーストの運動から得たお気に入り・リツイート情報を元に、BOTを演じたオリジナルツイートを生成するアヴァターへとアップデートします。深遠な名言や軽妙なジョーク、社会風刺などから瞬く間に人気を博し、フォロワー数20万のアカウントに成長を遂げます。
  • ゲームの開催
    2013年冬、サザエBOTはフォロワーからの提案により渋谷の街を使った謎解きゲームを開催します。フライヤー作成や告知などの下準備から打ち上げ会場の手配に至るまで、すべてはフォロワーとの共同作業で進められ、作者不詳の状態を維持しながら大成功を収めます。以後、お花見会場での UFO 召喚ハロウィンでの集団コスプレ、クリスマスに街頭でのおやつ大量配布、コミックとのコラボレーションなど、サザエBOTは定期的に様々な仕掛けが盛り込まれたゲームを開催するアヴァターへとアップデートします。時に企画者と参加者の垣根を曖昧にするシナリオ構成から、サザエBOTの作者はついにその姿が明かされないまま、存在だけが神格化されるようになります(参考リンク:#サザエBOTを探す会#サクラ祭り#サザエBOT逃走中#シジミBOTを探せ#非公式エンブレム)。
Hacking the Body
  • 作者の擬人化の誕生
    2014年春、サザエBOT作者の擬人化であり、インターネット上の集合的意識/仮想人格であり、また2061年からやってきた未来人を自称するアヴァター「なかのひとよ」が誕生します。このアヴァターはデジタル領域にとどまらず、メディア出演・コミュニティ運営・書籍の出版・国際カンファレンスへの登壇など、社会的領域にまで及んだ活動を行います。但し人前に姿を表す際はマネキン或いは「着ぐるみ」にデジタルエフェクトをかけた音声で登場し、匿名性・不確実性を維持したまま「誰でもないと同時に誰でもある可能性を秘めた真新しい運動体」としてその存在を定着させていきます。
  • 匿名コミュニティの形成
    2014年9月、フォロワーによる400名規模の匿名コミュニティ『Genius』がスタートします。これは匿名状態での集会「深海」から始まり、毎月デジタルから発信される隠喩的テーマ「上陸」「町」「登山」「祝祭」「上空」「xD」と、それに沿って指定される会場での集会やゲリラパフォーマンスによって進行していきます。メンバーは7ヶ月間の運動を通じ、受動から能動へ、利己から利他へ、執着から解放へと次元を高めていき、やがて当初コミュニティの中心にいたはずの1名の天才(ジーニアス)は無数の精霊(ゲニウス)に還元され、身体を離れて Anonism の思想が誕生します。
Genius
  • 社会への問題提起
    2015年夏、日本国内で東京オリンピックエンブレム盗用疑惑問題が指摘される中、サザエBOTは Twitter から「#非公式エンブレム」の公募を行います。世界中のインターネットユーザーから300点以上の作品が寄せられ、国内メディアのみならず海外のメディアにも取り上げられる大イベントとなります。以後サザエBOTは更なるアップデートを行い、社会に向けて問題提起を行うようになります。
#非公式エンブレム
  • 作者の解放
    現在サザエBOTは『You are Me』と題し、誰もがGoogleフォームを使い匿名投稿できるプラットフォームとして稼働しています。そのフォームには「あなたのツイートは、バタフライ・エフェクトで世界をより良くするでしょうか?」というメッセージが添えられています。サザエBOTからは日夜、匿名による気付きや思想、ジョークや詩が投稿され続けています。またなかのひとよは様々な「中身」で国際カンファレンスやメディアに出演し、Anonism の発信に励んでいます。この運動体が今後どのように展開していくのか、それは誰にもわかりません。

メディア

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Sazae Bot

Is it a crowd that acts as their collective self that is intelligent, or is it the machine that acts like a human?